【り】「リビドー」と「理由」と
私は、リビドーというものが嫌いである。
ものすごく、嫌いである。
憎悪していると言ってもいい。
対人関係をうまく築けなかった思春期から青年期にかけて、リビドーは常に私の悩みの種であった。どうしようもないリビドーに衝き動かされても、それを発現させる相手がいなかったのである。
歯を食いしばって衝動をこらえるか、自分の手で処理をするか、それしかリビドーに対処する方法がなかった。
それが、つらかった。
自分にとっては「ない」人に言い寄られ、自分にとって「あり」の人には相手にされない日々の中で、私は去勢願望を抱くようになった。
どうせ使い道がないなら、リビドーなんてなくなればいい。
かつて、繰り返し見た夢がある。
私は、新潟の実家にいた。何かに追われていて、家に入って来ようとしている。その「何か」は時にゾンビであり、時に吸血鬼であり、時に蛇の群れだった。私は実家の玄関のカギをかける。部屋をまわって窓を閉め、カギをかける。しかし、間に合わず、おぞましい敵が家の中に入ってきた。私は2階に駆け上がり、窓から屋根の上に出て、庭に飛び降りる。走って逃げる。
気が付くと一匹の蛾が私の腕にとまっている。蛾は、ぽてっと丸い腹をくねくねと動かして、私の腕にこすりつけているのだ。私は、うれしくないものを呼び寄せるフェロモンのようなものが自分の体に付着しているのだと考えて、蛾を叩き落しながら体を洗える場所を探す。
走って逃げながら、フェロモンを洗い流せる場所を探し続ける。
こういった夢を繰り返し見たところに、私の去勢願望が如実にあらわれている。
セックスしたい。
でも、セックスしたくない。
このリビドーと感情の矛盾が、今でも私を苦しめ続けている。実際に人間を相手に性行為におよぶ時にも、この矛盾が常に頭のどこかにあって、私を不安にさせるのだ。その不安が、時に私を淡白にさせ、不能にさせる。
歳をとるにつれて、明らかにリビドーが減退してきた。
それとともに、周囲の物事に対する欲求も、減退している。欲しいものは、ない。なりたいものも、ない。やりたいことも、ない。ただ、生きている。飲み、食い、排泄する。文章を書くのも、この排泄の過程と同じで、やっていないと死んでしまいそうな気分になるからやっているだけだ。
何かになりたくて書いているわけでは、ない。
しかし、ただ惰性で生きるには、人生は長すぎる。
だからこそ私は文章を書くという行為の中に、無理にでも目標を設定しているのだ。生活のリズムとして自然に書くものだから、意欲が減退していても実行しやすいから。
格好悪くてもいい。
理不尽でもいい。
他人に迷惑をかけずにいることなんて、できはしないのだから。
だから、叫ぶんだ。
ひたすら居汚く、周りに迷惑をかけ続けるんだ。
それで、いい。
理由なんて、必要ない。
ただひとつだけ大切なのは、すべての人がそうやって周りに迷惑をかけながら生きているのを忘れないこと。
だから私は、私という名の迷惑を理解し、許容してくれるすべての人に感謝したい、と心から思っている。
滝澤（2009/10/11）