『妄想系』
まずい。
かなり、まずい。
そう思い始めたのは、新宿の手前だった。
電車に乗った頃から、すでに腹部の内圧は高めであった。が、新宿到着の直前には、内圧は急上昇。排出口付近に神経を集中していないといけない、非常につらい状況だった。
周期的に襲ってくる、吐き気をともなう苦痛。
まずい。
かなり、まずい。
電車が新宿に到着した瞬間、苦痛の波は引いていた。
職場まで、もつか？
そう楽観的に思った瞬間、さらなる苦痛の大波が私を襲った。
私は駅のトイレへと向かった。気持ちでは一秒でも早く、と思っていたのだが、痛みに耐えながらでは思うように歩けない。そろり、そろりと歩きながらトイレに入る。
と、行列ができていた。
おりしも、朝の通勤時間帯。電車から吐き出された何百人という人間の中に、腹の具合の悪い人間は必ずいるのだろう。にしても、つらい。まさに一刻の猶予もならない状態。待ったなし。限界ぎりぎり。
ゆっくりと行列が減るのを待ちながら、私は手を壁についてうなだれ、必死に苦痛と戦っていた。
長い、長すぎる！
これ以上は待てない！ メルトダウンする！
内圧がまさに臨界点に達しようとしたとき、ようやく私の番が来た。私はそろそろとトイレに入り、カギをかけ、コートと荷物をかけ、便座に座った。
ああ。
解放。
ちゃんと紙もある。駅のトイレにしては、きれいだ。すばらしきかな、京王新宿駅。
内圧が平常レベルに低下したため、私はトイレを出た。
と。
大変です！ また内圧が急上昇しています！
むろん、メルトダウンまでには程遠いレベルではある。しかし、すぐに危険なレベルになるであろうことは、容易に想像できた。
私はトイレに戻り、再度の内圧解放をおこなった。
昨日、何か変なものを食べただろうか？
そんなことをぼんやりと考えている私の目に、トイレのいたずら書きが目に入ってきた。さっきは状況が緊迫しすぎていて、そんなところに目をやっている余裕がなかったのだ。
いたずら書きの少ない、きれいなトイレの壁に、こんなことが小さく書かれていた。
「金正日は死ね 北朝鮮をつぶれろ」
トイレでそんなことを主張しても、仕方ないと思うのだが。
しかも、日本語が間違っているし。「朝鮮」なんて難しい漢字を書けるくせに、基本的な助詞の使い方ができてない。
さては、日本人の北朝鮮への反発感をあおるための、特殊工作かっ！ 漢字がわかって助詞の使い方がおかしい、ということは、中国のスパイか？
などと想像をふくらませつつ、私はトイレを出た。内圧は安定している。
JRに乗り換えて、山手線を待つ間、今度はカンバンの文字が目に入ってきた。
「小田急ロマンスカー」
そういえば、ロマンスって名詞じゃなかったっけ？ 正しくは、ロマンティック・カー？ いや、ロマンスは動詞の意味もあった。口説くとか、求愛するとかいう意味が。
ということは、「小田急、車を口説け」ということになるんだろうか？
さらに。
「MYLORD」
え？
今まで気にしてなかったけど、「ROAD」ではなく「LORD」だったんだ。
「my lord」と言えば、「主よ」という意味じゃなかったっけ？ ってことは、あのビルは宗教（キリスト教系）がらみなのだ。
きっと、あそこで買い物をすると、入信させられてしまうに違いない。洗脳されるかも。象のぬいぐるみを着て、尊師をたたえる唄を歌っちゃうかも。
ああ、おそろしい。
新宿には、中国のスパイやら、車を愛してしまった変態やら、日本人の洗脳をもくろむ宗教団体やら、あやしげなヤカラが跋扈しているのだ。
きっと、私の腹部の内圧上昇は、我々の身近に迫っている危険を知らせるために、オリオン大星雲から天照大神が信号を送ってきたのが原因だったのだ。
ああ、信号を受信できて良かった。これで私は救われるのですね、天照さま。
でも、次はもう少し温厚な手段でお知らせください。
痛いのは、イヤです。
以上。
腹痛のために仕事を早退して、妄想にふける。
なんてすてきなクリスマスイブ。
みなさんも、よいクリスマスを。
滝澤（2002/12/24）
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