『去勢願望』
常々、思う。
性別がなければ、どれほど良かっただろうか。
両親の教育の成果からか、私は性別の違いなく人間を評価するように条件づけられてきた。私自身も、他人から性別の違いなく評価されるように心がけてきた面がある。
よく言うセリフは、「我々は男／女である以前に、人間なのだ」というもの。
しかし、これには矛盾がある。
たしかに、性別以前に「人間である」ということは事実なのだが、同時に、性別という要素も兼ね備えているのだ。
どんなに性差を超えようとしても、やはりいつも、私は「性」に縛られている。
ある人と、話をしたことがある。
その人は私と同じ「書き手」であり、好んで描く作品のモチーフについての話題になったときのことだ。
「私のテーマは、ジェンダーなのです」
その人の言葉に、私はやや不快感をおぼえた記憶がある。私はいまでも、性を超えたところにあるものを見たい、と思っている。性を超えたところにあるものこそ、誰にでも共通するテーマたりうるのではないか、と考えていたのだ。
むろん、その不快感が根拠のないものであることを知っていたので、私はそのような気持ちは表に出さず、言った。
「私のテーマは、リアリティかな」
複数の人間が存在する場合、その人間の数だけの「現実」が存在しているのだと、私は考えている。そして、その複数の現実を並べたときに、一本の細い糸のような「本当の現実」が通っていると思うのだ。
私は、その一本の細い糸を書きたい。
だが、どうだろうか。
個々の現実の間で共通したもの、と言っている時点で、個という要素が意識されているのだ。
性差を超えたところ、と言っている時点で、性という要素が意識されているのだ。
だから、私はいつでも縛られている。
性のない人間としてありたい、という私の去勢願望は、逃避なのだろうか。
どうしても超えることのできない、常に私を縛りつけているものに対する反発、抵抗、そして絶望のあらわれなのだろうか。
確かなことは、わからない。
将来、わかる日がくるのかも、わからない。
私自身が、本当の意味でどのような人間になりたいのか、それさえわからない。
わからないまま、手探りで進むしかない。
が、わからないからこそ、世界は驚異に満ちていて面白いのかもしれない。
滝澤（2001/01/21）
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