『雨をこの身に受けながら』
私には特技がある。
降っている雨を強く、激しくする力だ。
雨が降っているときに私が外出すると、必ずと言っていいほど雨が強くなる。平たく言えば、ただ単にツイてない、というだけなのだが。
今年の東京の夏は、雨が多い。毎日のように雷が鳴り、雨が降る。昔から濡れるのが嫌いで、風呂嫌い、水泳嫌い、雨嫌いだった私にとっては、憂鬱なことこの上ない。
その夜、私が自宅の最寄り駅に降り立ったとき、雨が降っていた。雷雨ではなく、まるで梅雨の頃の雨のような、細かくしとしと降る雨だった。手元に傘はない。そんなに強い雨ではないので、傘なしで歩いて帰ることにした。
が、私は自分の能力を過小評価していた。私のツキのなさは、天下一品。傘を持たずに小雨の中を歩こうとする私を、見逃してくれるはずもない。
歩くうちに、小雨は雨に変わった。
髪は雨を含んで重くなり、そこからとめどなく流れ落ちてくる水が目に入り、視界が歪む。何度も顔をぬぐうが、その直後にまた水が目に入る。
そして、雨は大雨に変わった。
服は水を吸って体にはりつき、やがて下着を濡らしはじめる。
苛立つ。
とにかく、むかつく。
なぜこんな目にあうのか。理不尽だとは知りつつも、怒りを抑えることができない。
しかしその時、心の中にいる別の自分の声がした。
「どうせ濡れたんだ。ちょっと濡れようが、たっぷり濡れようが、もう関係ない」
たしかに、その通り。
私は空を見上げる。
シャワーを浴びているときのように、顔に無数の水滴が落ちてくる。
両腕を広げる。
全身に、雨が降り注ぐ。
目に入る水は、もうぬぐわない。
水滴で視界がぼやけ、街灯の光がにじんで、世界を幻想的に包んだ。
雨で視界がにじむから、世界の違った姿を見ることができる。
雨があるから、晴れの日の楽しみを知ることができる。
表裏一体で、不可分なもの。
表と裏があってはじめて、それは完璧なものとなる。
泥くさくてもいい。
汚れたっていい。
格好悪くたってかまわない。
どんなに気取っても、私は私。
どんなにブサイクでも、やっぱり私は私。
だからこそ、両腕で雨を抱きしめながら、私は歩いていこう。
滝澤（2000/08/13）
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