『白い花』
今の部屋に引っ越して、三年目になる。
それが今日、買い物に行く途中で新たな発見をした。三年前からあったはずなのに、まさに今日見つけた新しい発見である。
白い花が咲いているのだ。高さニ〜三メートル、五センチ程度の固そうな葉を持った木に咲く白い花。花は一センチ強の大きさで、花弁は五つ。そして、その花がポトリ、ポトリと落ちる。落ちた花はアスファルトの歩道の上で人に踏まれ、白い染みのようになっていた。
正直、私は過去ニ年、この花を見た記憶がない。なぜか。
思い起こしてみれば、今の部屋に引っ越してきてから、私の周囲の環境は大きく変わった。
この部屋に越してきたとき、「兄弟の中でおまえの引越しを手伝ったことだけまだない」という理屈に押しきられ、母が引越しの手伝いに来た。終わった後、手伝いに来てくれた母、兄夫婦、友人に、お礼かたがた焼肉をおごった。その後、車で帰る兄夫婦を見送り、電車で帰る母を見送った。
その母の姿が、私が見た五体満足な母の、最後の姿だった。
二年前のこの季節。私は個人的なことでひどく落ちこんでおり、道端に咲く白い花を見ている余裕などなかった。そして、追いうちをかけるように飛びこんできた、母の怪我。右足大腿骨骨折。人工骨頭の移植手術。杖なしでは歩くことも難しい、回復不能のダメージ。マザコンの私には、唯一の支えであった人の痛ましい姿が、耐えられなかった。
一年前のこの季節。私は実家から仕事に通っていた。道端に白い花が咲いていることさえ、知らなかった。母の脳梗塞。半身マヒ。そして転倒し、腰椎の圧迫骨折。介助と車椅子が不可欠な、回復不能のダメージ。ショックで食べ物がのどを通らなくなってしまった父の負担を減らすため、私は父と一緒に実家で暮らしていた。
気丈だったはずの母が、見舞いにきてくれた人を前に泣く姿を見て、私は永遠に続くと思っていた世界が崩壊するのを実感した。
親は、自分より先に死ぬだろう。理屈の上で、それは知っていた。が、それはずっと先のことだと思っていた。それよりも前に、親が一級障害者になったりすることなど、まったく考えてもみなかった。
実際にそれが起きてみて、私は自分にとっての「現実」が、ひどくもろい、危うい存在であったことに気付いた。
未来は、霧の中だ。
霧の向こうに光があるのか、闇があるのか、それは霧の中に進まなければわからない。
私は思う。
来年、この白い花が咲く季節、私はどうしているのだろうか。
私と、私をとりまく現実は、どのように変わっているのだろうか。
滝澤（2000/05/21）
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