『夜に鳴く蝉』
1999年8月11日。
仕事で外出していた私が会社に戻ったのは21時。雑務を片づけて帰路につき、家の最寄り駅に降り立った時には、時計の針は24時に近かった。蒸し暑さに吹き出してくる汗を手でぬぐいながら、道を歩く。と、信じられない音が私の耳に飛び込んできた。
蝉が鳴いているのである。
普段から、夜に鳴く蝉がいないわけではない。残りの命が少ないにも関わらず、配偶者に出会えずにあぶれてしまったオスが、孤独に、しかも力なく鳴いていることがある。そんな蝉は、翌日見ると鳴いていた木の根っこに死骸となって落ちていたりするのが常である。
が、この夜は違った。
無数の蝉が大合唱しているのだ。
蝉が、夜に鳴いている。
とにかく、異常だ。
声から推測して、アブラゼミだと思われる。蝉は昼行性であると記憶していたが、それは私の記憶違いだろうか。いや、ちがう。現在の場所には去年も住んでいたが、一年前にはこんなことはなかった。前日も、帰りは遅かったのだが、鳴いてはいなかった。なぜ？なぜ今日だけなのだろうか。
突然変異によって、新種が生まれたに違いない。
いや、11日という日が、一部で話題になっている惑星配置「グランドクロス」になった日だからだ。重力異常。地球は壊れる。滅亡バンザイ。
違う。正しい星の配列になった時に地球に降臨する古き神「クトゥルフ」がやってきたのだ。
きっと、冥王星に存在する超文明から電波が飛んできているに違いない。
ムー大陸が浮上する前触れ。
ゴキブリ大発生の予兆。
セミの暑苦しい声で滝澤の睡眠を妨げんとする悪の秘密結社の陰謀。
逆に、「はよ寝ろ、明日も仕事忙しいのだから」という社長のお告げかも。
はい、もう寝ます。
おやすみなさい。
滝澤（1999/08/12）
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