『よいひと』
私はエレベーターが嫌いだ。
そもそも、呼んでから来るまでの時間が長い。エレベーターがふたつあるところで、1台は1階、もう1台は7階に止まっていたとする。ここで5階からエレベーターを呼ぶと、遠い1階のエレベーターだけが来たりするのだ。その頭の悪い動きに、イライラしてしまう。それに、知らない人と一緒に狭い空間へ閉じ込められてしまうのも、気持ちが良くない。
そうそう、似たような話になるが、エスカレーターも嫌いだ。とくに、混雑する時間帯の駅のエスカレーター。すぐ脇に階段があるにもかかわらず、人々が長蛇の列を作ってエスカレーターの順番待ちをする。ゴミゴミしているし、割り込んでくる奴などもいて、非常に不快である。すぐ目の前に他人の腰が見えるのも落ち着かない。脇をすりぬけていく人々が荷物をぶつけていくのも腹が立つ。
そこで、私は可能な限り、階段を使う。階段がない場所では仕方ないが、まずエスカレーターは使わない。エレベーターも、空のエレベーターが目の前に止まっていない限り、使うことはない。不思議なことに、大規模な集合住宅でも、階段を使う人間はほとんど見かけない。たった1階分を降りるだけでも、エレベーターを利用する人が多い。
階段も狭い空間なので、他人とすれ違ったりするのは面倒なものである。その意味では、階段の使用率が低いのは私にとって歓迎すべきことだと言える。
ところが、である。
その日、私はいつも通り、階段を使って5階までのぼっているところだった。と、上から誰かがおりてくる足音が聞こえてくる。私は反射的に緊張した。誰だろう、イヤだな。というのが正直な気持ちだった。
上からおりてきたのは、14〜15歳くらいの少女だった。私は彼女を見て、彼女は私を見た。私は無意識のうちに少女から目をそらし、階段の端のほうに寄ってすれ違おうとした。
「こんばんは」
少女の明るい声が、私を驚かせた。
「こんばんは…」
私はあわてて挨拶を返したものの、それは口の中でもごもご言うだけで、少女の耳には非常に聞き取りにくいものであったろう。
少女が私の脇をすり抜けていき、私は階段をのぼり続ける。私の心には少女のすがすがしさと、自身に対する恥ずかしさとが混在していた。
世界は敵意に満ちている。
それは間違った思い込みなのかもしれない。
間違った思い込みをした人間が、他人に敵意を向ける。
敵意を向けられた人間は、間違った思い込みをする。
この悪循環から、人は抜け出すことができるのだろうか。
いつの日か、またあの少女にあえるだろうか。
滝澤（1999/05/16）
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