『真夜中のハイヒール』
私が創作のために夜更かしをしていると、部屋の前をハイヒールのカッカッという音が通り過ぎていく。じばらくして、隣室から声が響き始める。
会話、静寂、あえぎ声。
そして再び会話、静寂、あえぎ声。
この２セットが終了してしばらくすると、ハイヒールの音が部屋の前を通り過ぎていく。すでに終電の終わっている時間だ。
そういえば、と私は思い出す。
郵便受けに名刺サイズのチラシが入っていた。女の子出張サービス、９０分、２００００円。
女を買っているのだ、隣りの阿呆は。いや、女を買っていること自体を批判するつもりはない。しかし、私の創作の邪魔だけはしないで欲しい。独り者には厳しい「音」なのだ。どうしても耳をそばだててしまい、集中が途切れる。思うように筆が進まない苛立ちが、隣人への怒りへと変わる。
月に２回も女を買いやがって。決まりきった「手順」を踏む商売女が相手じゃないと立たないんだろうが、この脳足りんめ。まともな人間関係を築けない、精神的カタワめ。お前なんか……。
まともな人間関係を築けない精神的カタワ、それは私も同じだ……。
私は部屋を脱走する。
コンビニで立ち読みをしながら、時間をつぶす。終わる時間は判っている。それまで、時間をつぶす。
コンビニを出てアパートに戻ったところで、私は一人のハイヒールを履いた女とすれ違った。普通の女の子、という感じ。２０代なかば。長身。そして、疲れた表情。
いや、あの表情は疲労ではない。「あきらめ」だ。もしくは「絶望」。
彼女は何に絶望しているのか。
電車の走っていない時間に、彼女はどこへ行くのだろうか。
滝澤（1999/02/07）
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