『会員制の飲み屋』

 先日知人に連れられて、「会員制」という札が入り口にかかった飲み屋に生まれて初めて入った。会員制と言っても会員証を発行しているのではなく、誰かの紹介がないと入れない、という程度のものらしい。おそらく、次からは私が一人で行っても入れてもらえるのだろう。

 その店のママさんは私の母親に近い年頃の人だったのだが、不思議と色気がある人だった。立ち上がる時、脇を通り抜ける時、話している時、さりげなく私の肩などに触れる。日ごろから他者との接触に恐怖を感じている私だったが、しばらくそれを繰り返されるうちに慣れてきて、恐怖感は好意的な感情へと変わっていった。
 が、私は気付いた。
 それはすべて規定の手順であり、客に勘違いをさせ、また店を訪れさせようという気にするものなのだ。いみじくも、ある話題の時にママさん自身がこう言っていた。
「クラブとかでナンバーワンになる娘は、不思議と男を騙す術に長けている」
 と。
 そう言うママさん自身もクラブ勤めをした経験があるからなのだろうが、そうと理解すると彼女の行動はがぜん直接的なものに見えてくるのだ。彼女の仕事は、客に勘違いをさせること。客は、その勘違いを楽しむために―自分が勘違いさせられていることに気付いているかどうかは別にして―店を訪れる。
 虚構の言葉のやりとりをして、虚構の関係を結んでいるようなものだ。

 ある意味、私は彼女と似ているのかもしれない。
 私は小説を書き、彼女は酒を飲ませる。私は言葉を並べることによって読者を勘違いさせ、彼女はその言動によって酔客を勘違いさせる。私は勘違いさせた読者からエネルギーをもらって次の作品を書き、彼女は勘違いさせた酔客の金で自らも酒を飲む。
 虚構、とまで言うと何だが、少なくとも「リアルじゃない」という言葉はあてはまるだろう。

 なんだ、現実逃避したがっているのは私だけじゃなかったんだ。


滝澤(1998/12/27)



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