『ルンペン』
電車の中で、怒鳴り散らしているルンペンを見た。
酒に酔って呂律が回らない状態ながら、いくつかのキーワードを叫び続ける。
「てめえら、ネクタイなんぞしやがって」
「そんな奴等は全員ぶっ殺してやる」
「高卒、大卒と言ったって、ろくなもんじゃねえ」
「そんな奴等が政治をやっているから、日本はろくな国にならねえんだ」
「その証拠に、俺に金をくれる日本人は一人もいやしねえ」
「金をくれるのは外人ばっかりなんだぞ」
「くそったれ日本なんか、なくなっちまえばいいんだ」
「大学出て、ネクタイしめてたって、ロクなもんじゃねえ」
「みんなくたばっちまえ」
という感じ。
がなりたてるルンペンの声の合間に訪れる、冷たい沈黙。全員が、彼を無視している。駅に止まると、何人かのネクタイ姿の男たちが、わざとルンペンにぶつかりながら降りていく。そして、相変わらずルンペンは怒鳴り続けている。
私は延々と繰り返されるそのセリフを聞きながら、悲しくなった。
ルンペンの論理が正いとか正しくないとか、そういう問題ではない。ルンペンがどういう経緯でそうなったか、そうなるに至った社会的問題点はどこか、そんな話題にするつもりもない。
私は純粋にルンペンの感情に同調し、悲しくなった。
本人だって、辛いのだ。他人を憎むことで、どうにか自分に敵対的な環境を耐えていける。しかし、冷淡な無視と、意図的に肩をぶつけられることで、彼の憎悪は増大していくのだ。彼はより憎悪し、それにより周囲からの憎悪も大きくなる。そして、事態は収拾のつかない方向へ進んでいく。
そこには絶望だけがある。
なぜ、彼は死なないのだろう。自らの命を絶てば、彼は解放される。憎み、憎まれ、ただ命を永らえていることに、どれほどの意味があるのだろうか。何もかも嫌ならば、死ねばいい。それが、最も簡単な解決法だ。
しかし、そうはいかないことを、私は知っている。私も、よく自分の死を願うが、動物的な生存本能がそれを邪魔するのだ。生存本能を超える強力な動機、そんなもの、そうそうあるものではない。脳で考えられた動機が本能を超えた時、人はその人自身に殺される。
さようなら、ルンペン。彼が、彼の問題をどのように片づけるか、それは私の知ったことではない。私は、私の問題で手いっぱいだ。お互い、好きにやろうじゃないか。
滝澤（1998/08/10）
このページの作品に対するご意見・ご感想などは、E-Mail : maniactaki＠gmail.comまでお願いいたします。
※スパム対策のために「＠」を全角にして掲載しています。半角に直してお送りください。