『片足で歩く』
捻挫した。
朝目が覚めると、右足が痺れていた。よく腕を下敷きにして寝ていると、腕が痺れて動かない時があるが、この日はどういう寝かたをしたのか、足が痺れて動かなかった。
半分寝ぼけながらベッドから降り、一歩踏み出した瞬間、私は転倒した。痺れた足に力が入らず、爪先で一歩を踏み出してしまったらしいのだ。
痺れているにも関わらず、足首のあたりに激痛が走った。
一度、骨を折ったことがある。その時の痛みと比較して、骨まではいっていないことはわかった。しかし、不安ではあるので、病院に行くことにした。
職業別電話帳で病院を探す。
徒歩１５分の距離のところに、整形外科を発見。
しかし、まともに歩けない。タクシーを拾おうにも、なかなか通りがからない。右足を引きずりながら、歩き続ける。
１５分歩いて、ちょうど中間地点まで到達した。しかし、慣れない歩きかたをしているせいで、体力の消耗が激しい。汗がじっとりとにじんできて、体重を一本でささえ続けてきた左足が悲鳴を上げはじめる。
通りがかった数少ないタクシーを捕まえ、ワンメーターの距離を運んでもらい、病院に着き、レントゲンを撮られ、捻挫だと言われた。
辛いが、仕事に行かなければならない。
片足で歩く。
なぜか、他人の視線が気になる。あ、こっちを見ているな、と思って視線を向けると、その人はぷいと視線を避ける。普段からよくある状況のはずなのに、自分は足を引きずって歩いている、という意識のせいで、なんだか他人の視線が痛い。
それでも、片足で歩く。
駅の階段、肩をぶつけてくる歩行者、歩道の無造作な傾斜……普段は何の気なしに通っていた通勤の道のりが、とても厄介だった。
一日が明け、ベッドで身を起こす。背中の右下、腰のやや上あたりが、筋肉痛になっていた。足首の捻挫が背中の筋肉痛を生むというのは、なかなか興味深い。
人体は精密機械である、という話をよく聞くが、それが実感できる瞬間はなかなか少ないものだ。
滝澤（1998/05/24）
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