『醜い人』
時折、人がひどく醜く見える。
たとえば、電車の中。降りようとする人を突き飛ばして乗り込んでくる人間。他人を押しのけて平然と新聞を広げる人間。正体なく酔って人によりかかる人間。
たとえば、路上。歩道の横いっぱいに広がってノロノロ歩く集団。人込みの中で煙草を吸って煙と灰を撒き散らす人間。人の足元に唾を吐く人間。
私はそんな人間が憎くてたまらない。
殺してやりたい、とさえ思う。
そう、私は人間が嫌いだ。
私は子どもの頃、いわゆる「いじめ」という形で周囲から疎外されるという体験をした。周囲の人間は私を無視し、意識する場合には攻撃の対象としてしか見ていなかった。私の親は立派な人間で、子どもも同じように立派であると信じていた。親の夢を壊すわけにもいかず、私は誰にも打ち明けずに苦しんだ。
すべてが苦痛だった。私は夢想の世界に逃避した。学校でも、家でも、一人自分の殻の中に閉じこもって、夢のような話をつらつらと考え続けた。
そしてある日、最高の逃避は「死」であることに気づいた。それ以来、いつ死のうか、どうやって死のうか、そんなことばかり考えていた。
私を自殺という破局から救ったのは、一人の「友」だった。
彼とは学級が違ったために、頻繁に会話ができたわけではない。しかし、会う時には必ず、普通の人間として接してくれた。
「おまえを馬鹿にするやつらは、そうすることしかできないクズなんだ。クズの相手などする必要はない」
彼はそう言った。私はその言葉で、開き直った。
自分を否定する周囲を、認めない。自分を拒絶する周囲を、否定する。自殺を考えるほどまで自分を追いつめた周囲を、憎む。
小説を書くようになったのも、周囲を見返すためだった。しかし、小説を書くということは、周囲から評価してもらうということでもあった。否定する存在から評価してもらう、憎む存在に受け入れられようと努力する、その矛盾は私を苦しめる。
私は努力して、人間を好きになろうとした。
しかし、なろうとしても、なれなかった。
私の心の奥には、常に、人間に対するどす黒い憎悪がうずまいている。そして、憎悪を心の中から駆逐できない自分自身を、憎む。
私は些細なことで腹を立て、腹を立てる自分自身にも腹を立てる。
畜生。
滝澤（1997/06/08）
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