『ドラキュラコーヒー』
たしか、そんな名前だったはずだ。レッドペッパー入りのコーヒーである。外箱には「美女を惑わす」とかいう意味不明のコピーが書いてあった。
職場にそういう怪しいものを買うのが好きな人がいて、時折こういう妙な物を仕入れてくる。普通は購入者本人が毒味をしてから他人に薦めるのだが、このドラキュラコーヒーに関しては、購入者もおじけづいたらしい。「赤いコーヒーだったら嫌だから」とかいう理解不能の理由により、なぜか私が毒味役にされていた。
まあいい。飲んでやろうじゃないの。え？ コーヒーいれるのも私？ 毒味してやるんだから、そのくらいやれよなぁ…。
などと思いつつ、箱を開ける。ごつい銀色のパックがみっつ。その銀色のパックを開けると、唐辛子の辛そうなにおいが鼻をくすぐった。中からは、ティーバッグ状のものが出現。とりあえずそれをカップに入れ、お湯を注いだ。
危惧に反して、ティーバッグ状のものからにじみ出したのは普通の色のコーヒーだった。コーヒーのにおいに消されて、唐辛子のにおいがなくなる。
さて、見るからに普通のコーヒーができたが……。
私はもう一度、慎重に鼻を近付けてにおいをかいだ。普通のコーヒーよりも貧弱なにおい。安物のインスタントコーヒーに酷似しているように感じるのは、気のせいだろうか。 が、まあいい。
私はひと口、コーヒーをすすった。……味も安物のインスタントコーヒーのレベルだった。すごく悲しい。どこが「美女を惑わす」なんだか、と思いつつ口の中の風味に乏しい液体を飲み下したその瞬間、喉の奥にピリッとした刺激を感じた。
なるほど、たしかにレッドペッパーが入っているのだろう。でも、それほど強い刺激というわけでもなし、コーヒーそのものも味がいいわけでもなし、どうも中途半端だ。
私はさほど美味しいとも思わず、ドラキュラコーヒーを飲んだ。
辛くもない、風味の乏しい、レッドペッパー入りのコーヒー。
まあ、激辛のコーヒーというのも、すごく嫌かも知れないが。それにしても、まったく、なんなんだろうあ……。
家に帰り着いた時に、食道から胃にかけてなんとなく暖かく感じていたのだが、それはきっと気のせいに違いない。なんとなく胸やけの時のような違和感もあったが、これもきっと気のせいに違いあるまい。
くっ、このじわじわとした腹痛はなんだ？
滝澤（1996/12/28）
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