『うつくしいもの』
うつくしいものを見つけました。
そのとき、私は仕事で大きな荷物を持っていました。キャスターに載せた荷物は重く、とても大きくて、それだけで私はうんざりしていました。
道を歩く途中で荷物がキャスターから落ちそうになったり、駅の改札を通るために荷物を高く持ち上げなくてはならなかったりして、私の心には余裕がなくなっていました。
いざ電車に乗り込みましたが、座れるほど空いているわけでもなく、かといって網棚に上げられるような荷物の大きさでもなく、私はできるだけ他の乗客の迷惑にならないように、隅のほうに荷物を置いていたのです。
途中の駅で、ぞろぞろと人が乗り込んできました。
私の体をむりやり押しのけて、狭い空間に体を入れてきた人がいました。手にしたバッグの角が、ぐいぐいと私の腿に押し付けられていました。
私は、その人にかなり腹を立てました。
なんて無神経な人なんだろう、と。
電車が大きくゆれました。
その人はバランスを大きく崩して、私にぶつかってきました。
私は心底腹を立てました。
腹を立て、怒りの目を向けた瞬間、その人の前に座っていた女性が、席を立って言いました。
「どうぞ」
「いえ、けっこうです」
「わたし、すぐに降りますから」
「そうですか、ありがとうございます」
そんな会話を交わして座った「その人」は、老婆でした。
老婆に席を譲った女性は、「すぐ降りる」と言ったにもかかわらず、ずっと電車に乗っていました。
私のみにくい心が、忘れかけていたうつくしいものに触れて、すこしだけ変わりました。
自分の苛立ちから、他人を憎みかけていた心が、すこしだけ洗い流されたようでした。
ありがとう、うつくしいひと。
私はまだ、大きな荷物を持っていました。
あいかわらず、その荷物は荷崩れしやすいままでした。
電車も混んだまま、人がぶつかってきました。
でも、私のイライラは、ちょっとだけ減りました。
今日、わたしは、うつくしいものを見つけました。
滝澤（2001/04/27）
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