『金』
仕事帰りの路上で、私は車に乗った男に声をかけられた。道でも聞きたいのかと思って近づくと、金色に輝く腕時計とネックレスを取り出し、長々とまくしたて始めた。
「この時計とネックレスなんだけど、新宿の三越に卸している商品なんだ。今、三越で貴金属のフェアをやっていてね、こっちの時計のほうは限定７００個のモデルで、定価が４８万円。ネックレスのほうは１８金で、定価は３万のものなんだ。それがね、品物を卸しに行ったのはいいんだけど、検品ミスで、１セットだけ余っちゃったんだよ」
（限定７００のモデルで１つ余るだって？ アホかね、この男）
「検品ミスしたことが上司にバレると、２７万円の減給になっちゃうんだ」
（労働基準法では、減給の最大額は給与の１割までだったはず。あんた、いったいいくら給料をもらってるんだ？）
「これ、僕が自分で質屋に入れても２０〜３０万にはなるんだけどね」
（そりゃ、横領ってやつだろう）
「ところが、上司から今電話があって、このまま一緒に出張に行かなきゃならなくなっちゃったんだ。こんな時間で質屋なんか開いてないし、かといって車に置いておけば上司に見つかっちゃうし、ホント、困ってるんだよ」
（あ、そ。タダならもらってあげるよ）
「自分で処分できないから、せめて今晩の飲み代くらいにならないかな、と思ってるんだけど…」
（飲み代って、すぐに上司と一緒に出張に行くなら、飲んでる時間なんかないだろうに）
「これあげるから、いくらか出してもらえないかな」
（なーんだ、やっぱりお金を取るんだ）
私は値段を見積もる。時計４８００円、ネックレス１８００円。
「２〜３千円くらいなら出せますけど」
と言ってやる。私の言葉を聞いて、男はウッという顔をした。
「もっとなんとかならない？ 質屋に入れれば、ネックレスだけでも２万円くらいにはなるんだからさぁ」
（定価３万円のものを質入れして、２万円なんかになるのかな）
「いや、今サイフの中にはそのくらいしか入ってないんです。明日あたり銀行でおろさなきゃならないと思ってたくらいで」
もちろん、これは私のウソ。
「しょうがない、３０００円とネックレスを交換しよう」
信憑性のかけらもないウソを聞かせてくれたお礼に、お金を出してあげよう。コンピュータのマウスを買い替えると思えば、たいした出費じゃない。
が、サイフを開けると、１０００円札は１枚もなく、いきなり５０００円が出てきてしまった。これは私の誤算。男はすばやく５０００円を私の手から奪い取り、かわりにネックレスを押し付け、逃げるように車を走らせていった。
さて、私はすぐ翌日に、質屋へ行った。質屋というやつに入るのは、生まれて初めての経験である。のれんをくぐり、曇りガラスの引き戸を開けると、長いカウンターの向こうに和室がある。そこでは、老人がテレビを見ながら茶を飲んでいた。
なんとなく、時代劇の「口入屋」というやつを連想しながら、私は老人にネックレスを見せた。
「うーん、ずいぶん軽いね。こりゃ、メッキだよ。メッキのものは預かれないんだ」
そうだったのか！
またひとつ勉強になった。
私は質屋を出て、家への道を歩く。途中、寿司屋の前で白い猫が昼寝をしていた。私は猫に挨拶をしながら、ふと思い付いてネックレスを取り出した。
ネックレスを、猫の首にかけてやる。
うん。
なんか、ゴールドな首輪という感じで、格好いい。私は猫の頭をなでてやる。
「なあぁ〜」
何すんだよう、ともとれる声を猫は出した。でも、嫌がってはずそうとする様子はない。
私はしばらく猫とスキンシップを楽しんでから、家路についた。
滝澤（1998/09/06）
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