１
　電磁手錠、そしてパペットによる逮捕行為。
　それは当たり前となっている物理的手段である。サイ・トキオ内では、自らのプログラミング能力がその力となるが、現実空間では物理的力を持つパペットが勝る。
　ブースの中で身を起こした義行には、身を守る手段が何もなかった。相手が人間ならば隠し持ったナイフでの逃走も可能であるが、パペットはロボットである。


「たしかにデュエルを行ったことは認めます。サイ・バンクへのハッキング？　ばかなことを言わないでほしいですね」
　尋問時においても、パペットの制御者は直接に姿をあらわさず、ログオフ時に似た白い部屋にはデスクもなかった。本当に警察なのだろうか。義行の頭に一瞬疑問がよぎったが、それも次の罵声とともに消えた。
「数万クレジットもの金をどこに〔移動〕した？」
　義行は笑いながら床に腰をおろした。
「確かに自分のプログラムはサイ・バンクのマネーシステムに採用されました。そして謝礼はじゅうぶんにもらっています」
「その上に欲を出した」
　義行は乾いた笑いをあげた。
「ばかな。自分のプログラムをハッキングしてどうなるっていうんです？　答えがあらかじめ分かっているちゃちな〔仕事〕なんかするわけないでしょうが」
　体につけられた幾つものコードが、刻々と血圧、発汗、脈拍を計測している。部屋の隅には一体のパペットが無表情な銀色の顔をあげ、自分の様子を記録しているのが視野に入る。
「いいですか？　俺には、数万クレジット程度のマネーは、たいしたものじゃない。今回の事件は実に不愉快だ」
「不愉快？」
　かすかにパペットが動いた。義行は吐き捨てるようにいった。
「自分のプロテクトが破られた方がショックなんだ。さらに、破られたことを安易に自分のせいにされたことの方が耐えられない！」


　この時代、人体に対するモニター機能は極限まで進歩していた。各種薬剤によるドーピングもさることながら、過去のいわゆる「ウソ発見器」の類は、ほぼその機能を完成させている。モニターにも専門職があり、それが現在、義行を監視し続けている。
「少しの動揺もありません。これでウソをついているとなると、この男は異常者か、あるいは無実ということになりますね」
　義行の身体データがメインコンピューターにまわされ、再合成されてスクリーンに一人の人間の姿を映し出す。わめきちらす坂崎義行がほんとうにプロテクトを破られて自尊心を傷つけられており、突然の逮捕に憤りを感じているということが赤い文字で浮かび上がる。
「加納君、次はデュエルによる三名の致死について多少乱暴に尋問してみろ」
　モニターを見つめているのは先ほどのパペットの制御者であるが、正規の制服はつけていない。黒をメインにした制御室の中で静かに銀色の髪をなでつけている。
「いまどきデュエルで死者が出たからといって、サイ・トキオ内では珍しいことではありません。乱暴な尋問というとどのような？」
「坂崎義行は現在、天涯孤独だったな」
「え、ええ」
「奴の少年時代のデータを出せ。そこから最も心理的にキツイ時期を選び関連して設問を行い、身体全体をモニターせよ。どんなことももらすな」
「トラウマを悪用するのは確実に人権侵害にあたります」
「なにを言っている？　デュエルで死ぬということはどういうことか分かっているのか？　恐怖のあまりに精神を破壊され廃人になるんだぞ。それもゲームに破れただけでだ。精神の殺人者だ。そんな奴らに人権だと？」
　加納は自分に指示をし続ける男の顔を凝視した。彫りの深い顔に黒い目が沈んでみる。この男はサイ・トキオ全体を嫌悪している？　ふとそんな思いが浮かぶが、男に胸ぐらをつかまれて我に返る。
「乱暴はやめてください。マキムラさん！」
　完全に銀色になった男の髪は、ところどころ紫色に染められている。年齢は不明。外見からでは、予測がつかないのだ。加納は数日前いきなり上司に呼び出され、彼に協力することを指示された。マキムラというのが本名なのかも分からない。
「おまえはただの技術者として仕事をすればいい」
「そんなことはお断りです。ぼくにだって誇りというものが」
　引きつったような笑いがマキムラの顔に浮かんだ。一気に十年も老け込んだような顔に変わる。
「誇りか。ばかなことだ。仕事に誇りか。そんなものはさっさと捨ててしまえ！」


　レイナ。
　白い部屋の隅で膝を抱えた義行の頭に、コンピューター、レイナの姿が浮かぶ。
　レイナとは、義行がコンピューターにつけた名前である。柔らかな女の声をもっているが本物の女性ではなく、また人為的に人格を植え付けたコンピューターでもない。
「レイナにアクセスできれば」
　けれども義行は、仕事のパートナーとしてのレイナに全幅の信頼を置いている。自分が鍛え上げたコンピューターである。プログラムがオリジナルであるのみならず、レイナのオペレーションシステムは完全に義行だけのものである。それだけにあのハッキングが成功しかけたことが信じられない。
「とにかく早急にレイナの分析を知りたい」
　義行は立ち上がって部屋を見回した。相変わらず同じパペットが自分を見つめている。と、その体がゆらぐように動き、壁の一部をはがして無数の接続コードを露出させる。
「アクセスブース？」
　にしてはあまりにも形が違う。モニター機能が多いように見えるし、むき出しで無機的な感じである。義行は思わず一歩後ろにさがり、こぶしを握りしめた。
「誘っているのか？　おれを？」
　このまま現実空間にとどまっていては何もできない。義行はプログラマーとしては屈指の腕を持っているが、銀色のロボットを殴り倒して逃走するほどの腕力は持ち合わせていない。生身の体では脱出は不可能だ。
「行ってみるか……」
　彼は唾を飲み込んで足を踏み出した。


　加納はもちろん警察所属のモニター専門職ではなかった。民間企業の所属である。ただその腕は幾多の犯罪者のモニターを通して、警察にも知られていた。
「最低ですね。こんな誘導はやりきれない」
　そういいながらもパネルの上を動く加納の指を、満足そうに見つめながらマキムラはつぶやく。
「カギはこの男が握っている。一連の手口の類似性は九十四パーセントだ。
　万が一、坂崎義行が事件の仕掛け人でなくとも、同じレベルの力を持つ坂崎を利用するしか解決の手だてはない」
「どんな事件が起きているか知りませんが、彼の極秘データまで暴いて心理的にコントロールを加えようだなんて、あなたは何様のつもりですか」
　マキムラは笑った。
「今では珍しい純粋な人間だ。サイ・トキオの悪習に〔汚染〕される前のな」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（広木春子）